グループ・クローバーの「たより 最終号」を送り出すとき、文字には書きつくせない、書くことが出来ない沢山の思いを抱えながら、私は個人的に私を支えてくれた友人たちに手紙をそえた。
辛い時期だった。もしあのころの状況がもう一度繰り返されたら、私は再びそれを乗り越えていける自信がない。
手 紙 (「たより最終号」にそえて) 平成12年1月
長い間グループ・クローバーを、私個人を応援してくださった皆様、ありがとうございました。最後の「たより」をお届けいたします。作りながら、過ぎた日々を懐かしく、いとおしく思い出しておりました。
障害を持った子の母として、何よりの心配は「親亡き後」のことです。安心して息子を託せる良い施設が欲しいと、息子が小学校に入った頃から、施設について勉強をし、運動に参加し、準備を進めてきました。お陰さまで息子は素晴しく設備の整った施設に入所することができました。
それなのになお、息子を施設に預けるということに対して、私は罪悪感を持たずにはいられないのです。
現実には施設入所は正しい判断だったと思っております。不自由ながら健康な息子が、やがて私の手におえなくなる日が来ることを思い、ショートステイなどを繰り返し体験させ、その日に備えてきました。より近くに、より良い施設を作ってもらうようにと運動を続けてきました。念願叶って市内に入所施設ができ、運よく入所を許可されました。素晴しい施設です。恐らく、対入所者職員数も日本一でしょう。
けれど、開所した施設は安心して息子を預けられる所ではありませんでした。毎日電話が鳴ると施設からの悪い知らせではないかと手が震えました。どれだけの怪我やアクシデントを繰り返してきたでしょう。何度、このまま連れて帰ろうと思ったことでしょう。
でも、連れて帰りませんでした。何故?
それは、順番に老いていくのなら、私が介護できない日がやがて来るから、そして、(個人的事情のため一部削除)私が看れない事情が起こったらひとたまりもないから、他に、成人した息子には、母親では与えきれないものを必要としているのではないか、という思いからです。また、一度退所すると、その後に必要が起こっても再入所はなかなか叶わないことになります。今の施設は、現時点では日本で最も恵まれた条件の施設なのです。
私は施設の対応を改善してもらうために闘い続けてきました。機関銃を撃つように怒鳴り、泣き叫び、へつらい、懇願してきました。弁護士に相談し、新聞に書き立てると脅し、人脈を頼り、私にできるある限りの力(それはつたないものではありますが)を使い果たしてきました。
私の力でと言うわけではないでしょうが、お陰さまで施設の対応は随分改善されました。アクシデントの知らせは減り、怪我もだんだん少なくなってきたように思います。
僅かずつではありますが、要望を聞く姿勢を持った施設であったことを、感謝しております。
息子が幼い頃から、何があっても成人するまでは手元で育ててやりたい、そして成人したら、できるだけよい施設に入所できるようにと準備し、チャンスを待っておりました。その通りになりました。
これでよかったのだと思っております。いいはずです。
それなのに、どうしても私は息子に申し訳ないと思うのです。施設に入所させていることに罪悪感を持つのです。
ある人は私のことを「欲張りだ」と言います。そうかもしれません。
救急車が通る時、当たり前のこととして道を譲ります。
「福祉」の全体がそんな風になって欲しいなあ、と思います。
弱者であることがハンディと感じなくてすむような時代になったとき、私は私を責めなくなるのかもしれません。
グループ・クローバーは解散いたしますが、これからも障害児・者、あるいは弱者と呼ばれる人たちに心を向けている者でありたいと願っております。
これまでのご支援に心より感謝し御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(「たより」にそえた手紙終わり)
この後息子は更に大きな怪我をしました。何故、どうしてそんな大怪我をしたのか、結局は解明されないままでした。
二つの福祉オンブズマン団体が応援してくださり、施設側と毎回弁護士が同席する話し合いを1年近く続けました。施設には何点かの改善勧告が出されました。
施設は、組織体制を大きく変えました。重度の障害者への対応もなされるようになりました(これは最初から整備されていなくてはならないことでしたが)。
最後の怪我のために衰退してしまった息子の歩行能力も、歩行訓練によって回復することができました。
好奇心旺盛で、あちこち動き回り、誰にでもニコニコと話しかける息子でしたが、その後はほとんどの時間を部屋で過ごすようになりました。
このことは、息子の「活気がなくなった」のではなくて、「安全なすごし方」を学んだのだと考えています。
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